教室沿革

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東北大学の源流は1736年に設置された仙台藩学問所である養賢堂に遡ることができると言われているが、医学部同窓会である艮陵同窓会では、現在の大学病院の場所に宮城県立医学所が設立された1872年(明治5年)をもって創立の年としている。一方、東北大学は、わが国で東京大、京都大に続く三番目の帝国大学として1907年(明治40年)に発足した。東北帝国医科大学における眼科学の授業は1917年(大正6年)からであり、当小柳美三先生が初代主任教授に任命され、こうして眼科学教室が創立された。今日まで94年の歴史を刻んでいる。

東北大学は建学時から「研究第一主義」を理念としている。これに則り「医学の先端を切り開く研究者を育成すると共に、高度な医学的知識・技術と豊かな人間性を兼ね備えた医療・保健の指導・実践者を育成すること」を使命としている。また、本学の伝統は「門戸開放」の精神であり、広く社会に開かれた研究教育環境が整っている。

大正6(1917)~昭和17(1942)年

小柳美三初代教授(京都帝国大学卒)

小柳美三初代教授京都府立医専教論、日赤大阪支部眼科医長を経て、大正6(1917)年欧米外遊中に初代主任教授に任命された。
蛋白尿性網膜炎の発生と病理、眼と高血圧に関する研究で国際的に知られる。日本で最初に報告された研究業績として、前眼部の特発性ぶどう膜炎に脱毛、毛髪白変、難聴等の全身症状を伴うVogt-小柳型ぶどう膜炎がある。この疾患は原因不明の肉芽腫性ぶどう膜炎として知られ、世界のあらゆる教科書にその頭文字を取って“VKH Disease”と略称されている。無類の勉強家であり、当教室の学門的基礎を築いた。著書に『眼科診療指針』(昭和2年)、『眼科診療新書』(昭和9年)などがある。

昭和17(1942)~昭和30(1955)年

林雄造第二代教授(京都帝国大学卒)

林雄造第二代教授大正8(1919)年には小柳教授のもとで初代助教授として、研究・診療・教育に尽力した。その後倉敷中央病院眼科医長、長崎医大教授を経て、第二次世界大戦中の昭和17(1942)年に小柳美三初代教授の後任として着任した。「静かなること林の如し」と言い表され、穏健中正な学風を築いた。太平洋戦争に突入した時代であったが、戦後教室を建て直し、日眼特別講演として「眼のアレルギー」と題し、当教室の研究成果を世に問うた。
著書に『眼のアレルギー』『眼疾患と他疾患との関係』(昭和37年)などがある。

昭和30(1955)~昭和46(1971)年

桐沢長徳第三代教授(東京帝国大学卒)

桐沢長徳第三代教授岩手医専教授、東京大助教授を経て昭和30(1955)年に第三代教授となる。
帯状疱疹ウイルスや単純ヘルペスウイルスによって引き起こされる、急性網膜壊死(acute retinal necrosis)を発表し、桐沢型ぶどう膜炎としてその名を知られる。[浦山晃、 山田酉之ら、網膜動脈周囲炎と網膜剥離を伴う特異な片眼性急性ブドウ膜炎について. 臨床眼科 桐沢長徳教授退官記念論文集1971; 25(3):607~619.]
著書に『眼科学』(昭和31年)『眼科手術学』(昭和37年)などがある。

昭和46(1971)~昭和61(1986)年

水野勝義第四代教授(名古屋大学卒)

水野勝義第四代教授岡崎市立病院眼科部長、名古屋市立大学教授を経て昭和46(1971)年に第四代教授となる。
一貫して網膜色素変性とその類縁疾患の研究を継続され、視細胞外節脆弱性の基礎的研究や、脳回転状網膜脈絡膜萎縮症の臨床と病態の解明に力を注いだ。
昭和59(1984)年より日本眼科学会専門医資格認定のための生涯教育事業が開始され、水野教授は専門医制度委員会の初代委員長であった(登録カードは第一号)。
著書に『図説眼科手術書』(昭和60年)『診療眼科学; 診断編』(昭和61年)などがある。

昭和61(1986)~平成17(2005)年

玉井信第五代教授(東北大学卒)

玉井信第五代教授当教室初の学内出身教授である。大学院時、電気生理学の田崎教授に師事し、生理学から始まり、後に生化学、分子生物学と眼の研究に造詣が深い。
網膜色素上皮移植に関する研究、網膜虚血に関する研究、網膜色素変性症の分子遺伝学が専門である。初めて加齢黄斑変性症に対する虹彩色素上皮細胞移植を行った。平成12(2000)年より医学部附属病院病院長、平成14(2002)年より東北大学医学系研究科長を務めた。
著書に『眼科手術と眼組織』(平成4年)『眼組織移植と免疫』(平成14年)などがある。

平成18(2006)年~平成22(2010)年

西田幸二第六代教授(大阪大学卒)

西田幸二第六代教授大阪大学助教授より当大学教授となる。専門は角膜疾患で、角膜移植後の拒絶反応やドナー角膜の不足を解決すべく、組織工学・再生医療の開発を行っている。平成10(1998)年より神経幹細胞研究で有名な米国Salk研究所Gage博士のもとに留学し、幹細胞の培養と分化に関する研究を行った。平成12(2000)年帰国後から大阪大学角膜専門外来を担当しながら、患者自己口腔粘膜上皮幹細胞を用いた自家培養上皮細胞シート移植による独自の角膜上皮再生治療法を世界に先駆けて開発した。常に病態を元に、高度な臨床・研究の融合を考えている。また各医局員にサブスペシャリティ(専門性)を持たせ、総合的かつ高次元の眼科医療を展開している。

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